野球随筆 「楽しいゲーム考」

 最近のキングスは、年間35から40くらいの試合を消化している。
 春先の練習試合から始まって、国立市の春季大会の試合、ストロングリーグの公式試合から草魂カップの試合、そしてお馴染みの花村リーグの試合と続いていく。
 選手の希望があれば、灼熱の8月、東松山でのシュナーベルズ杯の大会出場があり、秋の国立市大会へと駒を進める。
 1年間の試合を振り返ると、毎年、1つか2つ、「楽しいゲーム」が心に残っている。
 勝ち負けではなく、別にどうという印象に残るゲームではないが、家に帰ってきてから「ああ今日のゲームは楽しかったな・・・」と思える試合がある。時々、これは、何なのだろう、なぜ楽しかったのかと考えることがある。楽しかったのは自分だけだったのか?ほかのみんなはどのように感じていたのだろう? みんなも楽しかったのではないか? などと考える。

 そんなゲームが、今シーズン、早くも一つあった。それは、昨日の4月3日、花村リーグのマクセル戦であった。メンバーが全員揃っていたわけでもない。逆に9人ぎりぎりのゲーム、しかも、特別な緊張感を持った試合でもなく、相手チームが特に好きなわけでもない。いつもと違って、自分が絶好調であったわけでもなく、ファインプレーでみんなをうならせたり、会心のヒットを打ったわけでもない。普段とあまり変わらない平凡なゲームだったのだが、ともかく楽しかったのだ。

 陵南球場からの帰り道、智選手や藤田選手に聞いてみた。
 「今日のゲームは何か知らないが楽しかった・・・・」という返事が返ってくる。不思議だ。何なんだろう。
 この感じ方の一致は・・・・

 何が理由だか、未だに解らない。ともかく、このゲームが「楽しかった」ことは事実なのだ。まあ、よしとするか。
 しかし、詮索癖がある私としてはモヤモヤが続く。「楽しかった」のには必ず理由があるはずだ。
 この世の出来事には必ず因果関係があるから、などと考えてしまう。
 不況、倒産、家庭崩壊、少子化、イラク戦争、石油高騰・・・にも必ず背景にそれなりの原因・理由があるのだから、楽しいゲームにも必ず原因・理由があるのだ・・・などと考える。

 ルーキーの土居投手が、若者らしく相手打者と真っ向勝負した心地よさが原因か、1塁手の私の1メートル右寄りの内野フライをセカンドの涌井選手が捕り、にっこり笑って、柔らかな「嫌味」を言っただけで許してくれたからか、土居投手をリリーフしたベテランの高橋投手が絶妙のコントロールで相手を手玉にとったせいか、サードの雄高選手の肩が治ってきて、1塁送球が力強くなってきたからか、左中間を破られた打球に対してセンターの和田選手とレフトの藤田選手が懸命に追っかけて、何回となく、きれいに中継に返球したからか、試合前、中川主将が「打ち気を強く持つのはよいが、力んではいけない」と言って、自らの初打席にショートの頭上に見事なヒットを打ったからか、久々に2回続けて出塁したため、セカンドベース上で足がつりそうになった私に快く相手を含めてみんなが臨時の特別代走を認めてくれたせいか・・・チャンスに2回凡退した和田選手が悔しさを表に出した姿に燃える闘魂を感じたからか、・・・・・・よく解らない。



2005年10月
背番号4
高乗正臣

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